プロローグ
21世紀を迎えた現在でも、地球のどこかで戦争・紛争が続き、尊い命が失われている。人は有史以来、闘争を続け、この闘争本能はヒトに備わった遺伝子だという人もいる。人間の、他人に対する猜疑心、あるいは恐怖心が闘争をさせるのだろうが、その一方で人には博愛の心を持っているのも確かである。
21世紀も10年が経過したいま、これから30年後には戦争のない平和な世界になることを願って、私見を示したい。
平和な世界に
戦争のない平和な世界とは、武器のない世界である。つまり、すべて国家が軍隊・軍備を保持しない世界である。各国は災害時のための救助隊や、防犯のための警察は保持するが軍備は放棄する。それでも万が一の国家間の紛争に備えて、地球レベルでの平和維持部隊があればいい。
このような世界は、誰でも思いつく理想の社会である。しかし、現実には核兵器にしても所有国が増え続け、逆の方向に進んでいる。また永世中立をうたうスイスでも軍隊を保持している。軍備のない理想の世界を実現するための手立てを示さなければ単なる夢物語にすぎない。
経済からのアプローチ
21世紀に入って、それまで発展途上国だった中国の躍進が著しい。広大な国土と13億人を超す巨大マーケットに先進国からの投資が集まり、経済は急成長している。これまで世界経済の中心だったアメリカ経済は凋落し、ナンバー2だった日本も中国に追い抜かれるのは目前だ。
18世紀、イギリスでの産業革命後、台頭した資本主義は、主に内燃機関の発達とともに発展してきた。イギリスを中心とするヨーロッパで発展したのに続き、20世紀にはアメリカが牽引役になって発展した。
そして、いまやその牽引役は社会資本主義といわれる中国にかわりつつある。中国を追って、インドも急速に躍進している。BRICsといわれるロシアやブラジルもこれからの躍進が期待されている。さらに、開発が遅れているアフリカも何年か後には大きく発展する可能性はある。
世界経済を牽引する国は変わってもしばらくは、資本主義は発展していくだろうが、永遠に発展し続けるとは考えられない。発展が一巡したあとに訪れるのは、経済の停滞である。 いづれにしても、資本主義の資本投下と再生産のシステムは、いずれ限界は訪れる。
脱国家論
資本主義が発展することによって、はからずも国家間の垣根を取払う流れを導いた。グローバル化した経済は、国家を超えてダイナミックな動きを始めた。地球規模で事業を展開する企業は増えているし、一国の国家予算を超える規模の巨大企業も現れている。
世界平和を目指すとき、この国家の枠を超えたグローバルな視点が非常に重要になってくる。 その一例がEUである。EUの場合はまだ連合体として完成されたわけではないが、この地域連合という考えは世界平和を考えるとき、重要なヒントを与えてくれる。EUの場合はヨーロッパの域内だが、これを世界規模に拡大すれば、恒久的な世界平和の実現も可能になる。 国家の枠を超えた地域連合、このような考えを脱国家論というが、世界平和を実現するにはこの脱国家論が非常に重要である。
【参考】
EUの成り立ちを検証する。
この脱国家という考えは古くからあった。EUの生みの親の一人であるジャン・モネ(Jean Omer Marie Gabriel Monnet、1888年11月9日〜1979年3月16日)によるものである。ジャン・モネは商人出身の政治家で、フランスとドイツの間でたびたび紛争になっていた石炭の利権について、第二次大戦後、欧州石炭鉄鋼共同体を創設し、その委員長として共同開発・共同管理を成し遂げ、これを発展させて欧州委員会の委員長に就任した人物である。欧州委員会は現在のEUのもとになった機関である。ジャン・モネは国家の枠を超えた共同体の必要性を訴え、脱国家論として世に広まった。
それを強力に推進したのが、クーデンホーフ・カレルギーである。彼は汎ヨーロッパ主義を提唱し1923年に汎ヨーロッパ会議を設立した。しかし、汎ヨーロッパ主議はドイツのヒットラーにとっては邪魔であり、迫害を受ける結果となった。1938年オーストラリア併合後、彼は各国を転々と逃避行を重ねることになる。
第二次世界大戦後、ヨーロッパ議員同盟を創設し、自身の描く社会と国家は教育改革であり全人類が兄弟姉妹になり神の子にならなければと考え心の革命である友愛を掲げた。心の革命は、暴力や強制ではなく相互の尊厳を尊重することであり、その権利は人間生来のものであり、その権利はあらゆる制度に優り各国の国民間及び階級間の橋渡しとしてその全ての自由な人間が同胞になる福音であると強調するとある。この精神が今日の欧州連合につながり「EUの父」と呼ばれる所以である。
自由と平等と博愛の心が
国家の枠を超えて、連合体としての第一歩を踏み出すには、まずセキュリティーの問題解決が前提になる。連合体を構成する国家間の安全保障の確立であり、域内の戦争放棄である。いま、EU域内では加盟国間の安全が保障されているが、加盟国はそれぞれ軍隊を保持している。それはEU以外の国との関係があるから当然である。しかしEUの枠から世界規模への連合体が構築されれば、一国単位で軍備をする必要はなくなる。30年という短い期間で実現するのは困難かもしれないが、少なくとも実現を目指すために努力することは必要である。
巨大な軍事費の活用
各国の軍事費は巨額である。世界の警察といわれ、世界の紛争地に軍隊を派遣しているアメリカの軍事費が突出しているが、世界のGDPに占める軍事費の割合は2.1%総額で円換算にして160兆円に達している。
これらの予算を削減して、他の福祉や医療などの社会保障分野、更に教育(学問・学術)に振り分ければ、将来訪れる経済の停滞を跳ね返すだけの経済効果がある。各国が軍備を廃棄し、軍事費を削減するのは、言うのは簡単だがそのプロセスは非常な困難がともなう。その一つが軍需産業の存在である。巨大化した軍需産業を単純に廃業させるというのでは影響があまりにも大きい。平和産業への転換をはかると同時に先端を行く技術を備えた産業の前途を開くために、エネルギー開発や宇宙開発の事業に取り組んでもらうというアイデアを提案したい。
月でエネルギー開発を
地球は、いま資本主義を生んだ産業革命から続く開発の影響を受けている。CO2の排出による温暖化は気象変動を引き起こし、人の生活、生存さえ脅かす状況にある。国を超えて温暖化対策に取り組んでいるが、温暖化は進む一方である。温暖化を防ぐには化石燃料を使用しないエネルギーへの変換が必要だが、たとえば月で太陽光あるいはその温度差を活用したエネルギーを開発し、地球に送るといった壮大な事業も可能性としてはある。この壮大な事業を遂行するためには、地球規模での連携が必要で、軍事費を削減した資金を各国が拠出し、宇宙開発産業にあてればよい。先端科学を集積した軍事産業は宇宙開発に最も適した産業ともいえる。
戦争の放棄とクリーンエネルギーの創出、人類が抱えている重大な問題が一挙に解決できるのが月面エネルギー開発である。もちろん、その前段として、ヨーロッパで石炭を共同開発・共同管理したように、国家を超えた地球規模での共同開発・共同管理の元で行われなければならない。
大切な博愛の教育
人は本来、猜疑心や恐怖心から闘争すると書いたが、国家間では資源の獲得、つまり領土の拡大で戦争が起きる例が多い。それ以外にも民族間の対立、宗教間の対立など、戦争の要因は多岐に及ぶ。脱国家論は、国家間の対立はもちろん、戦争を惹起させる要因の排除を前提として安全保障・戦争放棄を求めるが、世界平和を実現するためには教育が重要になってくる。民族、国家、宗教、人種を越え、融和させる博愛の教育である。
30年後の社会は、従来の国の概念を踏み出し、地球規模での一体感のある社会で、そこには戦争がなく、平和で、人々はスポーツや精神性の高い知的教養を身につけ、それぞれの人が自分に合った優雅な生活を過ごし、豊かな生涯を送れるような、そんな社会であってほしい。
そのためには既存の国家の概念を一歩踏み出した脱国家の考えが成否の鍵を握るとともに、人と人とがお互いに尊厳を持って接することの大切さを教育することが求められる。
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